毎日新聞より転載
大人でもプレッシャーがかかる司法の場で、子どもによりそう「付添犬(つきそいけん)」がいます。認定NPO法人子ども支援センター「つなっぐ」の理事で、帝京科学大学アニマルサイエンス学科講師の山本真理子さんに聞きました。【聞き手・須藤孝】
【写真】「つなっぐ」の付添犬たち
◇ ◇ ◇ ◇
――どういう存在なのでしょうか。
山本氏 虐待を受けた子どもが司法の場で話をしなければならないことがあります。その時に心の負担を軽くするための犬です。
犬がいることで子どもたちは落ち着いて話ができます。話すことで結果的に子どもが自分の身を守り、加害者に対する公正な裁きにもつながります。
――司法の場で被害を話すのは大人でもつらいものです。
◆あまりにも負担が大きいと、話しかけても、今、ここにいないような状態になり、まったく関係のない話をはじめたり、記憶が呼び起こせない状態になったりすることがあります。ストレスをできるだけ小さくすることで、話せる状態を保つことが目的です。
最初は話してくれていても、裁判になると2年、3年と長期間にわたって何度も話さなければならないことがあります。大人への不信感などから、もう話さないと思ってしまう子どももいます。
◇犬がそうしたいから
――犬だからできることがあるのですね。
◆支える大人がいて、話してくれる場合もあります。しかしどうしようもなくなり、付添犬でなんとかできないかということもあります。
犬は子どもに何があったかは知りません。人が大好きな犬が選ばれているので、子どもになでてほしいとか、何をしてくれるのかとか、犬自身の楽しみを求めて子どもと接します。慰めるわけでも同情するわけでもありません。
犬がそうしたいから自分のところに来てくれるという純粋さが子どもに伝わります。
大人の場合は事情が分かっているために、子どもを守らなければ、いたわらなければ、というような、腫れ物にさわるような態度が出て、子どもはイヤになることもあります。
――山本さんも立ち会われたことはありますか。
◆面接の場そのものには入れないのですが、控室でビデオ画面を通して子どもと犬がふれあう様子は見ています。犬がいると子どもは変わります。犬がいるから話せたということもありますが、そもそも、犬がいるからその場に出てきてくれたということもあります。
また、犬に対して大人がやさしく接していると、子どももこの大人は悪い人ではなさそうだと思います。子どもと犬だけの関係ではなく、子どもが大人を信頼することにも犬の存在が役に立っています。
◇唯一頼れる存在になれる
――司法の場は子ども中心にはなっていません。
◆子どもの話を聞き取る側は中立の立場ですから、淡々と話を聞くことに徹しなければなりません。子どもは誰にも頼れないと感じます。
――司法の論理が子どもにやさしいとは限りません。
◆話すことが子どもにとってすべてプラスになるわけではありません。話したことで家族がバラバラになる場合もあります。親が裁かれたことを、自分のせいだと思ってしまうこともあります。
どうなっても、子どもにとっては良い状況にはならないことも多いのです。言葉では表現できないようなつらい状況に一人で立ち向かわなければなりません。唯一頼れる存在が犬になることがあるのです。
――取り組みはどうやって始まったのでしょう。
◆「付添犬」は日本で生まれた言葉ですが、もともとは米国のシステムです。2003年に米国で、副検事が自分の子どもの介助犬を職場に連れていったことで、司法の場で子どもの心を開くことに犬が役立つと気がついたのがきっかけです。今は全米で300頭以上います。
日本では14年に愛知県のこども病院で動物とふれあう取り組みをしていたなかで、子どもの一人が司法の場で話す必要があり、犬を導入したのがきっかけです。現在は東海と関東地方を中心に、14頭の付添犬がいます。
◇犬を見極めて
――どんな犬を派遣しているのでしょうか。
◆安全な犬であることが第一で、犬の福祉も守る必要があります。いろいろな環境でも落ち着いていられるとか、どんな人であっても受け入れることができるような犬を見極めています。
つなっぐと提携する日本介助犬協会と日本動物病院協会の犬とハンドラーが、つなっぐの付添犬認証委員会の認証を受けて、現場に派遣されています。ハンドラーにも虐待を受けた子どもに関わる専門的な研修を受けてもらっています。
――課題はなんでしょう。
◆犬の頭数もハンドラーの人数も不十分です。今は限られた地域で活動しています。日本全国に派遣したいのですが、追いつけていません。
犬をきっかけに子どもの虐待に目を向けてもらえるのは良いことだと思います。ただ、虐待を受けた子どもへの支援自体が、もっと認知されることが必要だとも感じています。(政治プレミア)
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