神奈川新聞より転載
身体障害者の自立と社会参加を促すため、盲導犬や介助犬、聴導犬の同伴受け入れを義務付けることなどを規定した身体障害者補助犬法の全面施行から、10月で20年を迎えた。盲導犬ユーザーの碇谷純子さん(60)=横浜市港北区=は「法律ができて、社会の風向きは確かに良い方向に変わった」としながらも、世間の関心はいまだ低いと感じている。小学生などへの啓発活動に取り組むとともに「多くの人に現状を知ってもらいたい」と願っている。
碇谷さんが「体の一部」と表現する相棒のトミー(雄、2歳)=横浜市港北区
◆ある日の飲食店で
「すみません。盲導犬も一緒です」
8月のある日、碇谷さんは友人らとコンサートを楽しんだ帰り道、横浜市内の飲食店に向かった。何げない一言のつもりだったが、周囲の雰囲気が変わるのを感じた。
同法では、飲食店など不特定多数が利用する施設において、著しい損害を受けるなどの理由がない限り盲導犬の同伴の受け入れを拒否することはできないと定めている。
しかし、この日は店先で店長に盲導犬がいることを伝えると「初めてのことで判断できない。会社の上司に聞かないと分からない」と告げられた。碇谷さんらは同法の存在や盲導犬が騒がないよう訓練されていることなどを伝えたが、店側が上司と連絡が取れなかったこともあり、入店をあきらめたという。
◆不安とじれったさ、悩む日々
碇谷さんは小学生の頃から徐々に視力が低下し、中学生になると黒板や教科書の文字がより見えなくなった。高校時代はバレーボール部に所属していたが、次第に得意のアタックも打てなくなり、生活にも支障が出始めた。大学病院の医師から告げられたのは先天性の「網膜色素変性症」という病名だった。
「このままいくと将来は全く見えなくなる」
生まれて初めて「人と自分は違う」と感じ、失明の不安やじれったさに悩む日々が始まった。友人に恵まれたことが唯一の救いとなった。教室からの移動は仲の良い友達につかまって歩き、帰りも近くのバス停まで手をつないでくれた。
しかし、高校卒業後は一人で外出せざるを得ない場面も多くなった。電柱に気付かないでぶつかったり、階段で転倒したりすることも増え、必然的に自宅にこもりがちとなった。
◆自分の目の代わり
そんな生活が一転したのは、ラブラドールの盲導犬「スフレ」(雌)との出会いだった。
自分の目の代わりとなり、どこにでも一緒に歩いてくれる相棒が2009年から生活に加わった。カフェをはじめ、コンサートや旅行にも出かけるようになった。外で感じる新鮮な風や、友人たちと過ごすひととき。それら全てが碇谷さんに生きる気力を与えてくれた。
それから、ラブラドールのジーン(雌)、現在2歳のラブラドールのトミー(雄)との時間を過ごした。「横を見たら常にいるでしょ。自分は一人じゃないって、そう思わせてくれるんですよね」。いとおしそうに見つめる目線の先には、足元で寝息を立てるトミーの姿があった。
盲導犬との生活は15年目を迎えた。同法が全面施行され、駅やバス停で「お手伝いすることはありますか」と声をかけられることも増えたが、その一方で、入店をあきらめざるをえなくなるようなシーンにもいまだに出くわすという。
現在はNPO法人「日本補助犬情報センター」などと協力しながら、横浜市内の小学校などに出向いて盲導犬やそのユーザーについて知ってもらう活動を展開している。
「ありふれた日常をただ、過ごしたい」と話す碇谷さんは、特別な対応を求めているわけではない。願っているのは皆と変わらない生活だ。「料理の香ばしい匂いが鼻に入り、ふらっとそのお店に立ち寄りたい。一人一人が暮らしやすい社会になってほしい」
0コメント